交通事故の治療で健康保険は利用できる?
手続き方法を解説

交通事故に遭いケガの治療が必要になる場合は、一般的に加害者が加入する自動車保険の保険会社が医療機関に治療費を直接支払います。しかし、さまざまな理由により、治療費を自身で支払わなければならないケースも多々あります。

交通事故の治療で健康保険を利用していいのか、迷う方は少なくありません。「健康保険の利用は加害者を利することにならないのか」「治療費が減ると慰謝料も低くなってしまうのではないか」と、さまざまな疑問が生じるでしょう。

結論としては、交通事故の治療は健康保険の利用が可能で、自己負担の軽減につながるケースもあります。しかし、健康保険の利用の際は所定の手続きが必要になるため、注意が必要です。

本記事では、交通事故の治療で健康保険を利用する際の注意点をまとめています。交通事故による治療を受けることになった際は、参考にしてください。

01 自由診療と健康保険を使用した診療の違いについて

交通事故により医療機関で治療を受ける際、自由診療のほかに、被害者の意思により健康保険を利用した診療も選択できます。

自由診療とは、ケガの状況や治療内容などを考慮して、医療機関または担当の医師が独自に点数単価を決めて診察するものです。健康保険などの適用外である先進医療や薬による処置が必要とされる場合は、自由診療となります。自由診療にかかった費用は全額自己負担となります。

一方、健康保険を利用しての治療は、自己負担が3割(1割または2割負担の場合もあり)で、点数単価は1点につき10円です。なお、加害者による交通事故の治療で健康保険を利用した場合、健康保険組合などは被害者の責任割合に応じて給付した治療費を加害者に請求(求償)します。そのため、被害者は加害者への治療費に関する賠償請求権の一部を健康保険組合などが行使するための手続きとして「第三者行為による傷病届」の提出が必要になります。

02 交通事故の治療で健康保険を利用すると得られること

交通事故の治療でも健康保険は利用可能です。特に双方の当事者に責任が発生する事故においては、健康保険を利用して治療を行うと、被害者の経済的負担を軽減できる可能性があります。

●治療費の自己負担額が減る
●治療費を立て替える場合の費用負担を軽減できる
●高額療養費制度が利用できる

交通事故での健康保険の利用について、正しく理解しましょう。


1.治療費の自己負担額が減る

健康保険を利用して交通事故の治療をすると、治療費にかかる自己負担額を軽減できる可能性があります。

治療費も過失相殺の対象となります。被害者にも責任がある場合、その責任分は被害者が自己負担をしなければなりませんが、健康保険を利用すれば治療費の自己負担の軽減につながります。

なお、健康保険を利用して治療を行っても、慰謝料の算定に影響はありません。治療費を減らすと、慰謝料も減らされるのではないかと考える方もいるでしょう。しかし、慰謝料は精神的・肉体的な苦痛に対する賠償です。自賠責保険における支払基準では、1日につき4,300円が支払われ、慰謝料の対象となる日数は治療期間の範囲内で判断されます。

【例】被害者の過失20%、自由診療による治療費を1点単価20円(※1)とした場合

項目(例)	自由診療の場合	健康保険使用の場合
治療費	2,000,000円	
300,000円(※2)
休業損害	600,000円	600,000円
慰謝料	600,000円	600,000円
総損害額	3,200,000円	1,500,000円 
過失相殺20%	-640,000円	-300,000円
損害賠償額	2,560,000円	1,200,000円
医療機関への治療費支払額	-2,000,000円	-300,000円
被害者の受領額	560,000円	900,000円

※1.医療機関により自由診療の診療単価は異なります。
※2.健康保険使用の場合の被害者の負担分は、1点単価10円・自己負担割合を3割として計算しています。なお、保険会社は、別途、健康保険の保険者からの求償を受け付けます。

2.治療費を立て替える場合の費用負担を軽減できる

加害者が自動車保険に加入している場合は、加害者が加入する保険会社が医療機関に直接治療費を支払ってくれることが多いです。しかし、何らかの理由で保険会社から医療機関への直接支払いが実施されず、被害者が治療費を立て替えなければならないこともあります。その場合は、自己負担が3割(1割または2割負担の場合もあり)である健康保険を利用すれば、被害者の一時的な経済的負担を軽減できます。
なお、健康保険組合などは加害者の責任割合に応じて、健康保険からの給付金相当額(治療費総額から自己負担額を控除した額)を加害者に請求(求償)します。したがって、健康保険を利用したとしても、必ずしも加害者を利することにはなりません。

3.高額療養費制度が利用できる

交通事故の治療で健康保険を利用すると、高額療養費制度が利用できます。

高額療養費制度とは、医療機関の窓口で支払う医療費がひと月の限度額を超えた場合、その超えた額が支給される制度です。例えば、被害者のひと月の限度額が10万円の場合、15万円の医療費がかかっても超過分の5万円は払い戻されます。

なお、高額療養費制度の限度額は、被害者の年齢や所得水準により異なります。また、高額療養費制度は健康保険を利用した治療に限り有効で、自由診療分には適用されないので注意してください。

03 健康保険を利用する場合は「第三者行為による傷病届」の提出が必要

交通事故の治療で健康保険を利用する場合は、「第三者行為による傷病届」を健康保険組合などに提出する必要があります。

交通事故による治療費も、加害者の責任割合に応じて被害者に賠償するのが原則です。交通事故の治療に健康保険を利用しても、加害者の賠償責任が無くなるわけではありません。

健康保険からの給付金相当額(支払額)は、その健康保険組合などから加害者に請求(求償)されます。健康保険組合などへ第三者(=加害者)による行為が原因で受傷した旨の報告のために届出を行う必要があります。

なお、この届出は被害者が自ら作成する書類ですが、自動車保険を利用している場合は、保険会社から届出書類の作成支援を受けられることがあるため、保険会社に相談しましょう。

04 交通事故で健康保険が利用できない主なケース

交通事故の治療には健康保険を利用できますが、いくつかのケースで利用できない場合があるので、注意が必要です。

●業務中や通勤中の交通事故
●給付制限に該当する交通事故
●健康保険の適用外の治療

なお、健康保険の適用については交通事故の場合であっても、通常の治療と同じ適用判断がされます。

業務中や通勤中の交通事故

業務中に発生した交通事故は労災保険が適用されるため、健康保険は利用できません。

労災保険は業務や通勤が原因でケガなどを負った場合に給付が行われるものです。交通事故の場合も、基本的に自己負担なく治療を受けられます。

すでに健康保険を利用して治療を行っている場合は、労災保険に切り替え可能か医療機関に問い合わせてください。

給付制限に該当する交通事故

被害者が飲酒運転や無免許運転など、健康保険の給付制限に該当していた場合も適用されません。

給付制限とは、健康保険の給付を一部またはすべて停止することです。給付制限に該当する場合、交通事故の被害者であっても健康保険は利用できません。

なお、給付制限の内容は健康保険組合などにより異なるため、詳細は自身が加入する健康保険組合などに確認してください。

健康保険の適用外の治療

健康保険を利用しての治療は、適用範囲内に限り有効です。適用外の主な治療は、以下のとおりです。

●先進医療
●リラクゼーション目的でのマッサージ
●歯科矯正
●認可されていない薬

適用範囲外の治療は自由診療扱いになり、治療費が高額になる場合があります。

05 交通事故で健康保険を利用する流れ

交通事故の治療で健康保険を利用する際の流れは、以下のとおりです。

  1. 医療機関に健康保険を利用することを伝える
  2. 健康保険組合などへ必要書類を提出する

1.医療機関に健康保険を利用することを伝える

交通事故の治療で健康保険を利用する際は、医療機関へその旨を伝え、窓口で健康保険証もしくはマイナ保険証等を提示してください。健康保険を使うことのメリット・デメリットを踏まえ、自身の意思で健康保険利用の判断をすることが大切です。

2.健康保険組合などへ必要書類を提出する

医療機関へ健康保険の利用を伝えたら、健康保険組合などへ提出する書類の準備を行います。必要な書類は、以下のとおりです。

書類名	備考
第三者行為による傷病届	被害者・加害者のどちらでも記入可能
事故発生状況報告書	過失割合の判断に使用
同意書	被害者が記入
交通事故証明書または人身事故証明書入手不能理由書	自動車安全運転センターで取得する
交通事故証明書が入手できない、または人身事故扱いとなっていない場合は人身事故証明書入手不能理由書を提出する

なお、必要となる書類は健康保険組合などによって異なります。詳細は、自身が加入する健康保険組合などに確認しましょう。

また、加害者もしくは被害者の自動車保険が使用されている場合、保険会社から提出書類に関する支援を受けられるケースがあります。保険会社に問い合わせてみてください。

06 交通事故の内容に応じて健康保険の活用も検討する

被害者にも責任がある交通事故の場合は、健康保険を利用することで治療費の自己負担額を軽減できる可能性があります。また、被害者が治療費を立て替え払いする場合も、健康保険を利用すれば一時的な経済的負担の軽減につなげられるでしょう。

一方、健康保険の給付制限に該当する場合や、保険適用外の治療を受けたい場合など、中には健康保険の利用が適さない場合もあります。

このような点を十分に理解のうえ、必要に応じて医師や保険会社、弁護士などの専門家の助言を受けながら、自身の意思で健康保険を利用するかどうかを決定することが大切です。

また、加害者による交通事故で健康保険を利用する場合は「第三者行為による傷病届」の提出が必要となります。この届出は被害者が自ら作成する書類ですが、自動車保険を利用している場合は、保険会社から届出書類の作成支援を受けられることがあります。作成する際は、保険会社に相談しましょう。