本記事では、交通事故における損害賠償の基礎から民法と自賠法の違い、請求可能な範囲などを解説します。また、交通事故に遭った場合に理解しておくべきポイントも紹介しているため、ぜひ参考にしてください。
交通事故の損害賠償とは、交通事故によって損害を受けた被害者に対して、加害者がその損害の補てんを行うことです。
交通事故における損害賠償を検討する際は、まず民法(第709条)と自動車損害賠償保障法(自賠法)(第3条)を押さえる必要があります。
交通事故の損害賠償には、民法と自賠法が適用されるケースがほとんどです。それぞれどのような違いがあるのか、詳しくみていきましょう。
広く一般的な損害賠償問題に適用されるのが民法です。民法における損害賠償の主な特徴は、以下のとおりです。
交通事故における民法に基づく損害賠償では、賠償義務者は加害者となり、被害者が加害者の故意または過失を立証する必要があります。
また、時効の規定を理解しておくことも重要です。時効は以下のとおり、被害の種類によって期間が異なります。
時効を過ぎてしまうと損害賠償請求ができなくなってしまうため、早急に手続きを行いましょう。
自賠法は自動車事故の被害者保護の観点から定められた法律で、人身事故では民法に優先して適用されます。
自賠法における損害賠償の主な特徴は、以下のとおりです。
自賠法は民法と異なり、被害者に重大な過失がある場合を除いて、損害賠償額は減額されません。そのため、より手厚い被害者保護が図られているといえます。
また、自賠法にも以下のとおり時効があります。時効を過ぎると、保険金(損害賠償)を請求する権利が消滅します。
何らかの理由によって請求が遅れてしまう場合は、時効更新(中断)の手続きが必要となります。時効が近づいてきた場合は、必ず保険会社に連絡を行い、更新手続きを行ってください。
交通事故の損害賠償で請求可能な範囲として、大きく以下2つに分類できます。
●経済的な損害
●精神的な損害
しかし、損害賠償として請求できる範囲として、まずは「相当因果関係」について押さえる必要があります。
相当因果関係とは、事故(原因)と損害(結果)の間に合理的な関連性があることをいいます。
例えば、交通事故により骨折をした場合、その治療にかかった費用は交通事故(原因)と骨折(結果)に合理的な関連性があるため、損害賠償の対象です。一方、交通事故による骨折で入院した際、見舞客に対する接待費やお見舞返しにかかった費用は必ず発生する費用ではなく、一般的には相当因果関係が認められないため、損害賠償の対象外となります。
相当因果関係は、損害賠償請求にあたっての基本的な考え方になるため、理解しておくとよいでしょう。
経済的な損害は、交通事故によって直接的または間接的に発生する金銭的な損失を指します。大きく分けると、事故により支出した費用である「積極損害」と、事故がなければ得られたはずの損失である「消極損害」の2つに分類されます。
それぞれどのような項目があるのか、自賠責保険における傷害の場合の支払基準と併せてみていきましょう。
積極損害
消極損害
なお、実際の損害賠償額は事故の状況や被害の程度に応じて個別具体的に判断されます。
精神的な損害として、慰謝料があげられます。慰謝料とは、事故による痛みや悲しみなどの精神的・肉体的な苦痛への補償を指します。
自賠責保険の支払基準では、以下のとおり定められています。
実際の損害賠償額は、事故の状況や被害の程度によって変動します。また、自動車保険での賠償や裁判での判決では、支払い基準を上回る金額が認められることもあれば、下回ることもあります。
交通事故の損害賠償額は、被害者の責任の割合に応じて減額されます。交通事故の損害賠償における「過失相殺」と「重過失減額」を詳しく解説します。
民法の「過失相殺」とは、被害者にも責任がある場合、その割合に応じて損害賠償額が減額されることです(民法第722条2項)。これは、事故の責任を加害者と被害者で公平に分ける仕組みであり、個々の事故の状況に応じて決定されます。過失相殺後の損害賠償額の計算方法は以下のとおりです。
過失相殺後の損害賠償額 = 総損害額 ×(100% - 被害者の過失割合)
例えば、総損害額が100万円で被害者の責任が40%の場合、損害賠償額は60万円(100万円 × (100% - 40%))となります。このように、過失相殺は交通事故の損害賠償において、公平性を確保する重要な要素となっています。
自賠法の「重過失減額」とは、被害者の過失が重大な場合のみ損害賠償額が減額されることです。具体的には、以下のとおり、被害者の過失が70%以上の場合に適用されます。
※被害者の過失が70%未満で、ケガの総損害額が120万円以下であれば、自賠責保険から全額支払われます
例えば、被害者の過失が85%の場合(ケガ)を考えてみましょう。自賠責保険の支払限度額は120万円です。被害者の過失が80%以上90%未満のため、重過失減額は20%となります。この場合、自賠責保険からの支払限度額は以下の計算によって96万円となります。
120万円 × (100% - 20%) = 96万円
このような仕組みにより、自賠法はより手厚い被害者保護が図られているといえます。
交通事故の損害賠償額を算定する際には、様々な要因が考慮されます。ここでは、実損てん補の考え方と、既存の健康問題や車両損傷の影響という2つの重要な要因について解説します。
契約内容によって異なりますが、損害保険は基本的に、実際に発生した損害額に対して保険金が支払われます。この考え方を実損てん補といいます。したがって、例えば治療費について、加害者が加入する保険会社から賠償を受けた場合は、被害者が加入する保険会社から重複して保険金を受け取ることはできません。
また、支払額は保険契約で定められた限度額を超えることはありません。
例えば損害額が80万円で、契約上の限度額が100万円の場合、80万円が支払われます。しかし、損害額が150万円で、限度額が100万円の場合、支払いは100万円に制限されます。
なお、自身の加入する保険の契約内容によっては、加害者からの損害賠償金などとは別に、あらかじめ契約で定められた金額が支払われる場合もあります。
事故(原因)と損害(結果)の間に相当因果関係があるものが、損害賠償の対象となります。したがって、損害賠償の実務では、交通事故前から存在していた健康上の問題(既往症)や車両の損傷は、その分を差し引いて損害賠償額が算定されます。
このため、一般的には、ケガによる損害(治療費、休業損害、逸失利益など)は既往症の程度を踏まえて、車両の損傷は事故前からの傷や故障による価値の減少を差し引いて賠償されます。
もっとも、厳密に損害賠償額を差し引くことが困難な場合や、差し引くことが適当でないと判断される場合もあります。この点は、事故ごとに対応が変わり得る点に留意しましょう。
交通事故の損害賠償において、損害賠償請求権者(損害賠償を請求できる人)と損害賠償義務者(損害賠償を請求される相手)を正確に理解することが重要です。それぞれ詳しく解説します。
賠償請求権は被害者本人が持つのが原則ですが、場合によっては被害者以外が請求権を有することもあります。傷害事故と死亡事故のケースで、それぞれどのような人が請求できるかみていきましょう。
傷害事故の場合:
●被害者本人
●未成年の場合は親権者
●成年被後見人の場合は成年後見人
原則、被害者自身が請求権を有します。ただし、被害者が未成年の場合や成年被後見人の場合は、その法定代理人が請求権を持ちます。
死亡事故の場合:
1.相続人(以下の順序)
●配偶者と子(養子含む):子が死亡している場合は孫が対象
●配偶者と父母(直系尊属):父母が死亡している場合は祖父母が対象
●配偶者と兄弟姉妹:兄弟姉妹が死亡している場合はその子
※配偶者は常に相続人となります
2.近親者固有の慰謝料請求権
●配偶者
●子
●父母
被害者が亡くなっているため、相続人が被害者の権利を引き継ぎ、加害者に対する賠償請求権を有することになります。加えて、近親者には自分自身に対する慰謝料請求権があり、これは相続とは別に認められる近親者固有の権利です。
賠償義務者には様々な立場の人が含まれます。損害賠償の請求を受ける人は、以下のとおりです。
運行供用者の具体例は、以下のとおりです。
●自動車の所有者
●自動車の使用者
●自動車を他人に貸した者
●会社(従業員が会社の車で事故を起こした場合)
●実質的な使用者(名義上の所有者が異なる場合)
●レンタカーの貸主
●親(家族間で子供名義の車を親が実質的に管理している場合)
交通事故の損害賠償は、民法と自賠法が適用されるケースがほとんどです。しかし、人身事故では自賠法が民法に優先して適用されることで、被害者の権利が手厚く保護されています。
また、損害賠償の対象となるのは、基本的に事故(原因)と損害(結果)の間に相当因果関係があるものとなります。損害賠償金の請求を検討する際はこの大原則を理解のうえで、請求費目や請求額を確認するとよいでしょう。