使用者賠償責任保険

2026/03/09

使用者賠償責任保険とは?補償内容や必要性、加入時のポイントを解説

従業員が業務中や通勤中に労災事故に遭った場合、企業は民事上の損害賠償を負う可能性があります。
賠償額が高額になれば、経営への打撃や資金繰りの悪化につながる恐れもあります。

さらに近年では、長時間労働や熱中症、メンタルヘルスに関するトラブルなど、企業を取り巻くリスクが一層多様化しています。

こうした状況下で、企業には幅広いリスクへの対策が求められます。
その点、使用者賠償責任保険は、損害賠償金や訴訟費用等を補償し、従業員の保護と企業防衛を両立できる有効な手段といえます。

本記事では、使用者賠償責任保険の基本や補償範囲、政府労災(労災保険)との違い、加入するメリットや検討ポイントを詳しく解説します。

目次

使用者賠償責任保険とは

労災保険等との関係性

使用者賠償責任保険で補償される保険金の種類

使用者賠償責任保険に加入する3つのメリット

使用者賠償責任保険が役立つ具体的な事例

使用者賠償責任保険に加入する際のポイント

使用者賠償責任保険でリスクに備えよう

使用者賠償責任保険とは

労災訴訟時の費用等をカバーする保険

使用者賠償責任保険は、従業員(被用者)が業務上の災害により身体の障害を負い、会社(被保険者)が従業員やその遺族から損害賠償請求を受け、法律上の損害賠償責任を負った場合の損害賠償金や賠償問題解決のために要した費用を補償する保険です。

従業員の労働災害への備えとしては、政府労災(労災保険)による補償もありますが、使用者賠償責任保険に加入していれば、政府労災(労災保険)では補償されない慰謝料、訴訟費用等をカバーすることが可能です。

労災保険等との関係性

従業員の労働災害への備えとして、基本となるのは公的制度の政府労災(労災保険)です。この労災保険で不足する部分は、使用者賠償責任保険や法定外補償保険などの民間の保険で備えることができます。

本章では、政府労災(労災保険)とこれら民間保険との関係性を解説します。

政府労災(労災保険)とは

政府労災(労災保険)は、国が運営する社会保険制度の1つです。アルバイトやパートタイマー等の雇用形態を問わず、従業員を1人でも雇用している事業主は、同制度への加入が義務付けられています。

政府労災(労災保険)の目的は、従業員が業務上の事由により負傷・死亡した際に、被災した従業員やその遺族へ必要な保険給付を行い、従業員等を保護することです。支給される給付には、療養補償給付や休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付などがあります。

労働災害への備えとしては、政府労災(労災保険)への加入が基本となりますが、労災保険ですべての損害が補償されるわけではありません。労災保険は、治療費や休業中の一部の所得を補償しますが、慰謝料は給付の対象外となります。そのため、従業員やその家族から損害賠償請求を受けた場合など、労災保険だけでは不十分となるケースがあります。

補償範囲を拡大するには、使用者賠償責任保険や法定外補償保険など、民間保険への加入が必要です。

※参考:労災補償(厚生労働省)

労災に関する民間保険(使用者賠償責任保険・法定外補償保険)

政府労災(労災保険)だけではカバーできない部分を補償するための民間保険として、使用者賠償責任保険と法定外補償保険があります。使用者賠償責任保険は、従業員が労働災害を被った場合に、企業が法律上の賠償責任を負担することによって支払う損害賠償金等をカバーする民間保険です。

法定外補償保険は、従業員が労働災害を被った場合に、政府労災(労災保険)等の上乗せとして、企業が法定外補償規程(※)に基づき、従業員やその遺族に支払う補償金をカバーする民間保険です。
※政府労災保険等の給付とは別に、従業員に対し企業が独自に設ける補償制度をいいます。

なお、使用者賠償責任保険や法定外補償保険は単独で加入することも可能ですが、これらを組み合わせた「労働災害総合保険」という商品もあります。労災事故による補償から訴訟対応までを一つの契約でカバーできるため、重複や漏れを防ぎ、より効率的にリスクマネジメントが可能となる点がメリットです。

(参考)労災以外の雇用リスクに備える保険

労災以外の雇用リスクに備える保険として、雇用慣行賠償責任保険(EPL保険・特約)があります。パワハラやセクハラ、不当解雇など、「雇用トラブル」により、企業が損害賠償責任を負った場合に賠償金を補償する保険です。

従業員からの訴訟に備えるという点では、使用者賠償責任保険と似ていますが、従業員からの損害賠償事由が「身体障害」に係るものかまたは「雇用トラブル」に係るものかで対応する保険が異なります。



【比較まとめ】

保険の種類 加入義務 補償範囲
労災保険 義務(公的保険) 業務災害・通勤災害
使用者賠償責任保険 任意(民間保険) 労災訴訟にかかる損害賠償責任
(慰謝料・逸失利益・訴訟費用など)
法定外補償 任意(民間保険) 労災給付の不足分
雇用慣行賠償保険
(EPL保険・特約)
任意(民間保険) ハラスメントや不当解雇等を起因とした訴訟での
損害賠償責任(慰謝料・弁護士費用・訴訟費用など)

使用者賠償責任保険で補償される保険金の種類

使用者賠償責任保険に加入することで支払われる保険金について解説します。

損害賠償金

従業員が労働災害により被った身体の障害について、企業が法律上の賠償責任を負う場合に、従業員やその遺族に支払う損害賠償金が補償されます。

例えば、企業の安全配慮義務違反などにより法律上の損害賠償責任を負った場合の、慰謝料や逸失利益、休業損失などが対象となります。特に慰謝料は政府労災(労災保険)では補償されないため、重要な補償要素といえます。

なお、逸失利益や休業損失に関しては「労災保険による給付を超過する額」が保険金の対象となります。

賠償問題解決のために要した費用

損害賠償請求に関する訴訟、調停、示談などの問題解決にかかる費用も補償されます。例えば、示談交渉に要した弁護士費用などが該当します。

このような賠償問題解決にかかる費用は、損害賠償金とは別に発生するため、企業にとって大きな負担となり得ます。使用者賠償責任保険に加入することで、こうした企業の経済的負担を軽減することが可能です。

使用者賠償責任保険に加入する3つのメリット

使用者賠償責任保険に加入することは、金銭的なリスク軽減だけでなく、企業の信頼性向上を図れるなどのメリットがあります。

金銭的リスク(高額賠償)への備えになる

使用者賠償責任保険の大きなメリットは、企業の金銭的リスクを軽減できる点です。労災に関する訴訟費用等が高額になると、政府労災(労災保険)だけでは損害賠償を賄いきれないケースがあります。

例えば、労災事故により従業員が死亡したり、重い後遺障害が残ったりした場合、民事上の損害賠償では「その人が将来得られるだろう収入(逸失利益)」が加味されるため、従業員の年齢や収入によっては、損害賠償金額が1億円を超えることもあり得ます。

使用者賠償責任保険は、政府労災(労災保険)の給付では賄いきれない不足分に対して、保険金額を任意で決められるため、高額賠償による経営の影響を軽減することができます。

法的トラブル(訴訟)への備えになる

使用者賠償責任保険には、損害賠償金以外の費用をカバーできるメリットもあります。政府労災(労災保険)では、慰謝料や逸失利益、訴訟費用は対象外のため、これらが別途発生すると企業負担が大きくなります。 使用者賠償責任保険では、こうした費用も補償されるため、対応に専念しつつ、経営への影響を最小限に抑えることが可能です。

企業の信頼性・従業員満足度を高められる

使用者賠償責任保険への加入は、従業員の安全配慮義務を果たしつつ、リスクマネジメントを強化する施策の1つです。

従業員を守り、企業として真摯に対応する姿勢を見せるためには、迅速な対応が不可欠です。特に賠償金が高額になると、すぐに資金を用意できないケースも考えられますが、保険に加入していれば速やかな対応が可能になります。

企業と従業員の両方を守る手段となることで、結果として企業の信頼性や従業員満足度向上につながります。

使用者賠償責任保険が役立つ具体的な事例

企業には従業員に対し安全配慮義務があります。安全配慮義務とは、労働契約法第5条で定められている使用者(事業者)が労働者(従業員)の心身の健康と安全を守るために配慮すべき義務のことです。

※参考:労働契約法


この義務の観点から企業が備えるべき事案は多く、安全配慮義務違反となると、従業員から損害賠償請求をされる可能性があります。特に近年はトラブルが多様化しているため、より企業側の備えが重要となっています。

本章では、使用者賠償責任保険がどのようなケースで活用できるのか、具体的な事例を紹介します。

業務中の事故による事例

業務中の事故は、企業の安全管理体制の不備を問われ、損害賠償請求がされやすい事案です。
特に製造業・建設業の現場では、1つの不注意や安全管理の不足が重大な事故につながる可能性があります。

企業には機械の安全装置の設置や作業手順書の整備、従業員への定期的な安全教育など、労働災害を未然に防ぐための多角的な安全配慮義務が求められます。

プレス機を扱う工場で、作業中に手を挟まれ指を切断する怪我を負った従業員が、企業に対し安全配慮義務違反があったとし、損害賠償請求を行った事案があります。

本件では、プレス機に安全装置がないことを認識しながら対応していなかったことから企業側の過失が認定され、企業には1,600万円を超える賠償責任を命じられました。
(東京地裁平成27年4月27日判決)

熱中症など労働環境に関するトラブルによる事例

労働環境に関する安全配慮義務の観点から熱中症や過労死、メンタルヘルス不調などのリスクへの対策も重要です。特に熱中症については、厚生労働省も「予防可能」な労働災害と位置付け、予防と対策を推進しています。

※参考:職場における熱中症予防対策マニュアル(厚生労働省)

建設現場での作業中に熱中症により従業員が死亡した事案では、企業側の安全配慮義務違反が認められ、企業に対し約4,800万円の賠償が命じられました。
(福岡地方裁判所小倉支部令和6年2月13日判決)

メンタルヘルス不調に関する対応による事例

近年は、職場におけるメンタルヘルスケアの重要性が高まっています。長時間労働やハラスメントを起因としたメンタルヘルス不調(うつ病など)が、労災請求や損害賠償請求に発展するケースも見られます。

2025年には「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」が交付され、従業員50人未満の小規模事業者にもストレスチェックが義務化されました。従業員のメンタルヘルス対策は企業の重要な責務だといえるでしょう。

※参考:労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(厚生労働省)

従業員が長時間労働と上司のパワハラによりうつ病を発症し自死した事案では、企業が上司による継続的なパワハラを把握していたこと、過度な業務を課し長時間労働を強いたことから約1,100万円の損害賠償が命じられています。
(長崎地方裁判所平成30年12月7日判決)


使用者賠償責任保険に加入する際のポイント

使用者賠償責任保険を導入する際は、自社の事業リスクを明確にして評価し、他の保険とのバランスを踏まえて適切な設計を行うことが重要です。

企業として重視したい補償を整理する

企業としては、労災事故による賠償やハラスメントなど、自社の事業内容や職場環境から想定されるリスクを洗い出すことが重要です。その上で、保険料とのバランスを踏まえながら「どのリスクを重視し備えるか」を検討する必要があります。

企業に潜むリスクは多岐に渡ります。自社を取り巻くリスクを整理し、どのような保険が必要かを検討する際には、ぜひこちらの「6大リスク診断」をご活用ください。発生頻度の高低や企業への影響度の大小から、企業リスクを診断します。

使用者賠償責任保険でリスクに備えよう

使用者賠償責任保険は、政府労災(労災保険)ではカバーされない民事上の損害賠償金や訴訟費用などに備えられる保険です。企業を取り巻く労務リスクが多様化する現代において、使用者賠償責任保険等への加入は、従業員の安心と企業の安定的な事業継続を両立させるための、戦略的なリスクマネジメントといえるでしょう。

ただし、企業を取り巻くリスクの全てを、1つの保険だけでカバーすることは困難です。リスクの種類に応じて補償内容も異なるため、自社の業種や事業特性に合った保険を選定することが重要となります。

とはいえ、保険の種類は多く、保険会社によって商品内容が異なるため、自社だけで判断するのは難しい場合があるかもしれません。そのような場合は保険会社や損害保険代理店に相談することをおすすめします。

なお、こちらの記事では、損害保険を中心に企業向けの保険を紹介しています。保険の種類や各保険の活用方法、メリットも解説していますので、ぜひあわせてご覧ください。