そんぽの雑学「損害保険の歴史」

私たちをさまざまなリスクから守ってくれる損害保険。
今ではなくてはならないものとなっている損害保険が、
いつどのようにして生まれ現在のような形になったのかを、いっしょにみていきましょう。

損害保険の始まりは海の上

 古代ギリシャ時代の海上輸送では、嵐や海賊など予期せぬ危険に遭遇した場合、船と乗組員を守るため、やむを得ず積荷を海に捨てることもあり、その損害は、荷主と船主で負担するという習慣が生まれました。これが保険の考え方の始まりです。
 その後14世紀になると航海が失敗したときは金融業者が積荷の代金を支払い、航海が成功したときには金融業者に手数料を支払うという仕組みをイタリアの商人たちが考え出し、それが「海上保険」に発展しました。

近代的な保険の誕生

 保険は海から陸に上がり、イギリスやドイツで陸上の生活における火災や盗難などの危険に対し、みんなで力を合わせて助け合う制度が生まれました。そして、1666年9月のロンドン大火を契機に海上保険をヒントに考案された火災保険が登場します。これは、過去の火災発生率と現在の建物数から保険料を設定したりするなど近代的な火災保険の原型となるものでした。
 さらに産業革命の波とともに火災保険の需要が急速に増え、各地に多くの火災保険会社が設立されました。その後、市民生活の発展とともに個人生活から企業活動にかかわる分野まで保険がつけられるようになり、保険は身近なものとなりました。

日本でも損害保険は海の上から

 日本の損害保険の歴史も海上運送から始まりました。16世紀から17世紀の初めに活躍した朱印船には、海難事故などの危険が高かったため「抛金(なげかね)」という制度が考え出されました。1航海につき金融業者が証文に基づいて金を貸し、無事に航海が終われば3〜11割の利子をつけて元金を返済しますが、船が難破した場合は利子も元金も払わなくていいというものでした。

近代的な保険制度は幕末に

 近代的な保険制度は、幕末から明治維新にかけて外国から入ってきました。当初は、日本に居留する外国商社を対象にするものでしたが、文明開化の進展とともに日本資本の商社や日本人を対象にする保険会社も登場しました。
 日本人自身による最初の損害保険業は、1869年に神奈川県の税関が保税倉庫内貨物について火災損傷の請負を行ったのがはじまりです。さらに1879年には日本初の海上保険会社が、1887年には日本初の火災保険会社が誕生しました。

時代とともに変化する損害保険

 資本主義の広がりとともに、日本の損害保険も発展し、1898年に保険業取締規則、1900年に保険業法と保険業法施行規則が公布され、保険事業の免許・監督制度が確立されました。第二次大戦後は、めざましい経済復興とともに損害保険事業も大きく成長しました。新しい時代のニーズに応える保険が多く登場し、現在、損害保険は社会基盤を支える重要な柱の一つになっています。

<参考文献>
木村栄一著 「損害保険の歴史と人物」

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